以前、味覚障害になりました。味がしないことはこんなに辛いことかと驚きました。特に、食べる前にイメージしていた味とことごとく違うため、そのギャップがとても辛かったです。期待を裏切られつづけるうちに食欲がすっかり無くなりました。しかし生きるためには食べなくてはいけないので、食事を楽しむことを諦め、ただ食事をするようになりました。その頃に急に味覚が戻りました。戻ると、これまでギャップでがっかりした食べ物を、あれもこれも食べ直したいと思ったのですが、ふと、気づいたことがあります。人間と言うものは、様々な能力がありますが、その能力があるがゆえに、欲望が増大していくではないかと。世の中には、美味しい食べ物がたくさんあります。毎日同じものだと飽きてしまいますので、いろんな種類・バリエーションの食事をしたいですし、珍しいものを食べるのはとてもわくわくします。しかし食事とは、他のいのちを奪うことでもあります。他のいのちを奪う食事を「楽しむ」というのは、実はとても残酷なことかもしれません。今回の味覚障害は、人間を煩悩具足・罪悪深重と言われた親鸞聖人のおっしゃる意味が分かった気がした経験でした。
0コメント